私、藤本敦子。
ベートベンの28番のソナタ1楽章が耳から離れない。
最近ずーっと脳内エンドレスリピート😂
この曲は、あのポリーニ(大ピアニスト)でさえ苦戦しているように思えた曲。
非常にポリフォニックな曲であり、室内楽的(弦楽四重奏)。
1,2小節を仮にa)として、3,4小節をb)としよう。
aとbは対話をしているように連なり、ここまでを第一楽想としよう。
5小節目から転調(bの転調はここに繋がっているのだけれど)を挟み24小節まで第2楽想としよう。
ハイリッヒ・シェンカーのシェンカー理論というのがあるのだけれど(この理論を学びたくてウィーンまで行ったのだが)
以下は彼の分析。(「ベートーベンのピアノ・ソナタ第28番op.101批判校訂版」より抜粋)
『まさにこの楽章に見られるように、ソナタ楽章において第1楽想の後楽節(bのことね)と第2学想への転調がすでに結びついていることは全く珍しいことではない。
その点だけを問題とするならば、ベートーベンの若い頃の作品であるOp.2-1での技法の方が、はるかに大胆だと評価されるに違いない。
そこでは、後楽節の最初の音群がー第1楽章の第9小節をみよ!ー直ちに転調に襲われているからである。
だが、Op.101において若い頃の作品のこうした大胆さよりもさらに先を行くのは、転調に至る後楽節が第2楽想の頭にもなっているという事態である。
つまり第2学想は、他ならぬ後楽節の性格から生まれたが故に、第1楽想と動機を共有しているのである。
さて、内容のこのような振る舞いに早くも矛盾を認めようとしている者は、ソナタ形式の本質を見誤ることになるだろう。
というのも、ソナタ形式が特に重きをおいているのは、第1楽想と第2楽想の間の転調、つまり調の対象であって、主題法の対照ではないからである。
それゆえ、第2楽想は、ともかく調の対照という基盤の上にありさえすれば、場合によっては第1楽想と似通っても良いし、それどころか重なり合っても構わないのである。
この意味で、このソナタ楽想の提示部におけるベートーベンの技法は、3つもの形式部分、
つまり第1楽想の後楽節、転調、第2楽想を極端に縮めたものと捉えられる。
既述のように、このことが可能だったのは、ソナタ楽章の第2楽想が新たな動機を提示する必要がまったくなかったためである。』
と、ここまで。
いや、難しいわ。笑
試しに、弾いてみたのをここにアップしてみますね♪
まだ全然弾けてないのですが。。。
暖かい目で、耳で?聴いてください。笑
